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最高裁判所第二小法廷 平成5年(行ツ)148号 判決

兵庫県飾磨郡家島町宮一四一二番地

上告人

八田昇

右訴訟代理人弁護士

石田好孝

同弁理士

折寄武士

兵庫県姫路市広畑区小松町一丁目五〇番地

被上告人

株式会社 ヒラノ

右代表者代表取締役

平野留正

右当事者間の東京高等裁判所平成四年(行ケ)第三九号審決取消請求事件について、同裁判所が平成五年四月二七日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人石田好孝、同折寄武士の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。右判断は、所論引用の判例に抵触するものではない。論旨は、独自の見解に立って原判決を非難するか、又は原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 木崎良平 裁判官 藤島昭 裁判官 中島敏次郎 裁判官 大西勝也)

(平成五年(行ツ)第一四八号 上告人 八田昇)

上告代理人石田好孝、同折寄武士の上告理由

第一 原判決は左記の通り判例に違反するものである。

一 最高裁判所判決によれば、特許出願に係る発明の要旨認定につき、「特許法二九条一項及び二項所定の特許要件、すなわち、特許出願に係る発明の新規性及び進歩性について審理するに当っては、この発明を同条一項各号所定の発明と対比する前提として、特許出願に係る発明の要旨が認定されなければならないところ、この要旨認定は、特段の事情のない限り、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきである。特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか、あるいは、一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に限って、明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるに過ぎない。このことは、特許請求の範囲には、特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない旨定めている特許法三六条四項二号の規定(本件特許出願については、昭和五〇年法律第四六号による改正前の特許法三六条五項の規定)からみて明らかである。」と判示されている(最高裁判決 平成三年三月八日 裁判所特報一〇四六号)。

右の判決は、「特許出願」を「実用新案登録出願」に、「特許法二九条一項及び二項」を「実用新案法三条一項及び二項」に、「発明」を「考案」に、「特許請求の範囲」を「実用新案登録請求の範囲」に、「特許法三六条四項」を「実用新案法五条四項」にそれぞれ自動的に読み替えることのできるものである。

更に右の法条の趣旨は、「実用新案登録請求の範囲」には考案の必須構成要件が余すところなく記載されいてる訳だから、実用新案登録後に登録無効審判の請求を受けた時に、実用新案権者が明細書の「考案の詳細な説明」に記載の実施例を挙げて「実用新案登録請求の範囲」に記載のない事項まで必須構成要件だとして抗弁するのを許さないことを意味する。そうでなければ、無効の抗弁として登録後にも「実用新案登録請求の範囲」などの補正を許容する訂正審判制度(実用新案法第三九条)の存在理由が無くなることにもなるからである。

二 これを本件についてみる。本件考案の要旨は、本件明細書の「実用新案登録請求の範囲」に記載の通り、

『グラブバケット等の上板上面に固定される其台に二個の上部ローラーを並列し、その隙間に沿った直下に2個の滑車を直列的に配設してなるワイヤーロープの振れ止め装置において、上記2個の滑車を斜め上下に配設したことを特徴とするグラブバケット等におけるワイヤーロープ振れ止め装置。』にある。これのみにて当業者なら、その技術的意義は一義的に明確に理解し得るところである。

にもかかわらず原判決では、本件考案の「2個の滑車を斜め上下に配設した」との構成を、

『2個のローラーの隙間に沿った直下に直列的に配設した2個の滑車を水平面上に垂直投射したときの軸間距離を、垂直投影されたそれぞれの滑車の溝底面がワイヤーワープに接する程度に接近するようにして配設したこと、換言すれば、垂直投影したときの両滑車を、見掛け上、両滑車の外周縁同士が重なり合って、ワイヤーロープの直径に相当する程度にまで両滑車の溝底面の距離が接近させられた状態となるように配設したこと』を意味するとし(第二四頁第八行~第一五行)、特許庁における原審決をそのまま容認している。

かかる原判決は、本件考案の要旨認定に際し、特段の事情がないにもかかわらず、ましてや明細書の「考案の詳細な説明」中にも全く記述のない事項に到るまで本件考案の必須構成要件であるとしたものであり、最高裁の右判例に違反するものである。つまり、原判決には本件考案の要旨認定を過った違法がある。

三 すなわち、原判決は『そこで、本件考案の出願前における上記のような周知技術を踏まえて、前記の「2個の滑車を斜め上下に配設した」との構成をみると、この構成要件が、グラブバケット等におけるワイヤーロープ振れ止め装置における上部ローラーの直下に直列的に配設された2個の滑車の相互位置関係を規定しているものであることは、前記の当事者間に争いのない本件考案の実用新案登録請求の範囲の記載自体に照らして明らかであり、そして、上記構成要件の記載からすると、直列的に配設された2個の滑車相互の位置関係が、斜め上下の関係にあることまでは明らかであるが、』とし(第一九頁一〇行~第一九行)、当事者であれば本件考案の「実用新案登録請求の範囲」の記載だけで本件考案の内容が十二分に把握し得るものとしている。

そうだとすれば、本件考案の要旨はその「実用新案登録請求の範囲」の記載から全体として有する技術的意義まで十二分に把握できる訳だから、「実用新案登録請求の範囲」に記載の通りのものと認定すべきである。

四 にもかかわらず、原判決は続けて『前記のような本件考案の出願前における周知技術と対比してみたとき、前記の「2個の滑車を斜め上下に配設した」との構成を、原告主張のように、単に文理のみにしたがって、2個の滑車が斜め上下の位置関係にありさえすれば足りると解釈するだけでは、周知技術との対比において、前記構成の有する技術的意義がいかなる点にあるかが明らかではないと言わざるをえない。そこで、かかる場合には、考案の詳細な説明を参酌して、前記構成の技術的意義を明らかにすることが許されるものというべきである。したがって、前記構成の意義が、その記載自体から一義的に明らかであるから、考案の詳細な説明を参酌することは許されないとする原告の主張は採用できない。』としている(第一九頁第一九行~第二〇頁第一一行)。

これが許されないことは既に述べた通りであり、本件考案が無効か否かを争っている場では、その「実用新案登録請求の範囲」に記載された本件考案の全容が公知ないし周知であるなら、それが全てであり、周知技術との相違点まで「考案の詳細な説明」を参酌して見つけ出し、その相違点が本件考案の必須構成要件になるべきだとする結論への理由にはなり得ないものである。

五 その上で原判決は、『そうすると、前記の当事者間に争いのない本件考案の出願前周知の滑車併用式振れ止め装置における滑車の溝底面の構造、溝底面の寸法及び溝の深さを前提として、斜め上下に配設した2個の滑車の間にワイヤーロープを張設した構成にようてワイヤーロープの溝間方向における振れを防止するためには、単に2個の滑車が斜め上下に配設されているという構成を採用しただけでは足りず、2個の滑車の間にあるワイヤーロープが、斜め上下に配設された各滑車の溝底面と同時に接触していることを要するものであることは明らかである(本件明細書第2図参照)。したがって、前記の「2個の滑車を斜め上下に配設」するとの構成は、正に滑車とワイヤーロープとのかかる位置関係を保持するために採択された構成というべきである。』としている(第二二頁第一四行~第二三頁第六行)。

しかし被上告人は、まず特許庁における平成三年一月一八日付け提出の審判答弁書及び平成三年九月二六日付け提出の第二回答弁書において「ワイヤーロープが、斜め上下に配設された各滑車の溝底面と同時に接触していること」まで必須条件だとは一言も主張していない。却って被上告人は原審において『本件考案のように両滑車を斜め上下に配設して「平面視したときの両滑車の鍔縁が重なるようにして溝底間の距離を狭める」という作用を発揮し得るものであれば、静止状態でワイヤーロープが上下滑車の2点に接触するに至らなくても、本件考案にいう「斜め上下」の構成と言い得るものである。』と主張し(第一六頁第四行~第一〇行)、更に重ねて『静止状態でワイヤーロープが上下滑車の2点に接触するに至らなくても」よいとの主張を繰り返している(第一七頁第三行~第四行)。

つまり「斜め上下」の意義について、被上告人すら二点接触に限定されないとしているのである。それにもかかわらず、本件考案が「ワイヤーロープが二個の滑車の溝底面に同時に接触する」ことを要するとしたのは、明らかに違法と言わざるを得ない。現に、ワイヤーロープの直径が小さいものを使用すれば、両滑車の溝底面に同時に二点接触することがなくなる訳であり、原判決は基本的な技術解釈を誤っている。

六 続いて原判決は、『次に、滑車軸方向への屈折の防止であるが、かかる作用を営むのは、主としてワイヤーロープと接する各滑車の鍔縁の内面であるから、鍔縁内面とワイヤーロープとの接触面積が可能な限り大きい方が鍔縁内面の持つワイヤーロープに対する保持力が大きく、ひいてはワイヤーロープの屈折の防止により一層有効であることは明らかなところである。』とする(第二三頁第七行~第一三行)。そして、この点からも本件考案はワイヤーロープが両滑車の溝底面に二点接触するものに限定解釈されるべき理由であるとしている。しかし、ワイヤーロープが両滑車の溝底面に常に二点接触せずとも、該ロープが滑車軸方向への屈折(外れ)の防止は十二分に図れるし、本件考案の公報の第1図に示す従来例でも用を成していた訳だから、この屈折防止は程度の問題であり、二点接触が必須構成となる絶対条件とはなり得ないものである。

七 しかるに原判決は、左記の点を理由として本件考案の内容を好き放題に限定解釈した審決を支持している。

しかし本件考案において、その公告公報の「実用新案登録請求の範囲」の項は言うまでもなく「考案の詳細な説明」の項にすら、「両滑車を水平面上に垂直投射したときの軸間距離」など一切記述されていない。「軸間距離」および「ロープとの関係」については問題意識すら提起されていない。更に「垂直投影したときの両滑車を、見掛け上、両滑車の外周縁同士が重なりあって」が本件考案の必須要件とされているが、このような記述も明細書の「考案の詳細な説明」には全く認められない。

このように「考案の詳細な説明」に記述の無い以上、これを参酌して「実用新案登録請求の範囲」に記載の事項を限定解釈しようにも、解釈のしようが無いものと言わざるを得ない。

八 更に本件考案の明細書をその公告公報(甲第二号証)でみるに、その「考案の詳細な説明」を現状の項分け記載に当て嵌めて分類すると、次のようになるべきものである。

第一に、第一欄第一〇行~第一三行の記述は〔産業上の利用分野〕の項である。

第二に、第一欄第一四行~第二三行の記述は〔従来の技術〕の項である。

第三に、第一欄第二四行~第二欄第九行の記述は〔考案が解決しよとする課題〕の項である。

第四に、第二欄第一〇行~第三欄第三行の記述は〔実施例〕の項である。

第五に、第三欄第四行~第四欄第二行の記述は〔考案の効果〕の項である。

なお、〔考案が解決しようとする課題〕の後に、本件考案の構成を説明する「課題を解決するための手段」が来るべきところであるが、この点は第二欄第六行~第一一行に同時に記載されており、往時の明細書の作成様式としては通常的にみられるところである。

つまり、本件明細書の「考案の詳細な説明」中には、〔実施例〕の項において「叙上の構成に係る本案振れ止め装置は、滑車3及び4を斜め上下にずらして配設したことにより、この間を通過するロープ6は、上下滑車の溝底面の二点で支持されるから・・・・」の記述があり(公報第二欄第一九行~第二二行)、これがロープの二点接触に関する唯一のものである。しかし、該当の記述は明らかに〔実施例〕の説明であり、「実用新案登録請求の範囲」に記載された本件考案の説明ではない。

もともと本件考案の〔従来の技術〕の説明は第1図に挙げられているように二個の滑車ハ・ニを左右に並べて配設した横並び形式についてのみである。換言すれば本件考案者は二個の滑車3・4を単に斜め上下に配したワイヤーロープ振れ止め装置が、後術する甲第四号証及び甲第五号に公知であることを全く認識していなかったと断言できる。従って本件考案は、この横並び形式の従来技術との比較において、その要旨が認定されるべきである。

その限りにおいて、本件考案において「二個の滑車3・4を斜め上下に配設する」点は、横並びの従来形式に対して十二分に新規性および進歩性を有し、「実用新案登録請求の範囲」の記載形式にも必須不可欠の構成要件が余すところなく挙げられている訳だから、実用新案法第五条第四項の要件も満たして余りあると解される。つまり、も本件考案においては、両滑車3・4がどの程度まで接近していることを要するか、まで限定する必要はなかったものである。

それが無効審判の場において、実は単に「両滑車を斜め上下に配設する」ことが出願前に公知であることが判明したからといって、この新たな公知例との比較のもとに本件考案の要旨を変更することは許されないところである。

にもかかわらず、原判決は、記述すら有りもしない「考案の詳細な説明」の項を参酌して、原審決に示す通りに本件考案の要旨を限定解釈しているものである。

九 よって、原判決は当初摘示した判例に違反するものである。

第二 原判決は左記の通り特許法に違背するものである。

一 原判決では、当事者間に争いのない事実によれば、引用例1(甲第三号証 実開昭52-83327号公報)に本件考案の構成が開示されていないことは明らかであるとしている(第二四頁第一九行~第二五頁第一行)。

しかし平成四年七月一五日付提出の原告の第二回準備書面において、本件考案の「グラブバケット等の上板に固定される基台に「2個の上部ローラーを並列し、その隙間に沿った直下に2個の滑車を直列状に配設してなるワイヤーロープの振れ止め装置」が、先の引用例1に公知であり、この点が本件考案の第1図の従来例も含めて出願前に周知であることを主張している。この限りにおいて引用例1は本件考案の前提構成要件が公知であるごとを立証するものである。

二 原判決は、「成立に争いのない甲第四号証の一(引用例2に係る米国特許第3491468号明細書)によれば、同引用例記載のFIG1の上部滑車ブロック10の右側に記載された2個の滑車が認められるところ、同図には、大小2個の滑車が鍔縁上端の高さをほぼ同一とし、その軸心を斜め上下にし、対向する鍔縁の間に僅かな間隙を設けた配列が示されていることが認められるが、」と認定しており(第二五頁第四行~第一一行)、この引用例2に本件考案の両滑車3・4に相当する二個の滑車が斜め上下に配列されていることは認めている。

更に原判決は、「成立に争いのない甲第五証の一(引用例3に係る米国特許第2007704号明細書)によれば、同引用例記載のFIG2の2個の案内滑車15が認みられるところ、同図には、ほぼ同程度の大きさの2個の滑車が鍔縁上端の高さをほぼ同一とし、その軸心を斜め上下にし、対向する鍔縁をほとんど接するようにして配列され、その間をワイヤーロープが挿通している態様が図示されていることが認められるが、」と認定しており(第二五頁第一七行~第二六頁第四行)、この引用例3に本件考案の両滑車3・4に相当する二個の案内滑車15・15が斜め上下に配列されていることを認めている。

これにて引用例2・3の認定は十二分であるところ、原判決では引用例2・3に「2個の滑車」の溝底とワイヤーロープとの位置関係が明らかでないところまで摘示しているところに問題がある。

なお、引用例2・3にも引用例1と同様に本件考案の前提となる基本構成が開示されており、これは当業者に自明の事項である。

また、本件考案の第1図に示す従来例も含め、両滑車3・4を存在させるのは、もともとロープ6が両滑車3・4の溝間方向(左右方向)および滑車軸方向(前後方向)に振れるのを防止するためであり、かかる技術課題(目的)これ自体にも斬新性はない。

三 以上みたとおりであるから、本件考案は引用例2・3と同一であり、少なくとも引用例1ないし3に基づいて当業者なら極めて容易に推考し得るところであり、この点の判断を誤った原判決の結論は違法である。

第三 結論

以上の通り原判決は原判決に影響を及ぼす法令違反がある。

以上

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